今時はSmartWatchが当たり前なのに、ゼンマイ式(自動巻き)の腕時計(しかも1.2分遅れることもしばしば)を好んでつけ、手帳に毎日の日程を書き込む。もらったメモ帳や使い終わったカレンダーの裏側にメモを書いて、PCに清書し直す(清書とは言わないか)。
PCもSmartPhoneもTabletPCも使っているが、そこで日程管理はしない。
歳(おじさん)だと言われればそれまでだが、どうにもDigitalよりもアナログの方が早いと感じてしまうのである(だから歳(おじさん)なのか)。
さらに困ったことにPCに清書したメモを裁断機にかけることに妙な安心感を覚えてしまう。個人情報保護の観点で言えば当然なのだが、役目を終えたメモを裁断機にかけることで一つのイベントが終わったような。そんな気がするのである。
手帳を新調するたびに使い終わった手帳を裁断機にかける。1年に1度しかない大イベント。私は3月始まりの手帳なので、この大イベントは毎年この頃に行われる。
今年も手帳を購入し、これまでの日程を書き写す。あと少しで役目を終える古い手帳。その手帳を裁断機にかける。妙な高揚感がある。
Digitalならdeleteで終わってしまう(しなくても自動消去される)のに、わざわざ手帳に日程を書き込み、変更があれば修正テープで書き直し、役目を終えたら裁断機にかける。なんと非効率なことか。
非効率ついでに言えば、手帳は毎年同じものを使っているのに、そのカバーはことあるごとに大きくなっていく。5年くらい前なら購入したまま使っていたのに、いくつかカバーを換えて、いまや右側に手帳と左側にノートをおさめる分厚い手帳カバーに進化。そのため鞄の重量も手帳の容積も増えてしまった。
そこまでしてアナログに日程管理をしているのか、自問してみた答えは簡単“自分にとっては効率的なのだ”言い聞かせ。同時に“歳(おじさん)だな”と落胆する。
となりでTabletPCを巧みに操作する若者を羨望の眼差しでみて、そんなことをふと考えてしまった。
